窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

「活かす」、「他利自得」とウェルビーングーキックオフミーティング2025①

 2025年7月12日、ローズホテル横浜にて2年ぶりとなる「ナカノ株式会社キックオフミーティング2025」を開催しました。当社としては、年2回全社員が集う貴重な機会です。

 恒例の全体研修。今年は『~脳科学で紐解く~組織を活用する方法』と題して、第176回YMSでもお話しいただいた、Social Healthcare Design 株式会社の亀ヶ谷正信さんをお招きしました。

1.違いを知る

 当日までに全社員が回答した質問票をもとに、それぞれの性格特性がフィードバックされ、会場では特性の似た者同士でグループ分けがされていました。最初のワークは、このグループで「人生で最高の旅行を計画する」というものです。

 同じテーマにもかかわらず、グループごとに受け止め方は大きく異なりました。全員で行く旅行を前提に話すグループもあれば、当たり前のように個別と考えるグループもあります。「計画」に重点を置き、段取りや手順に議論が集中するグループもありました。ここに正解や不正解はなく、ただ認知の仕方が違うだけです。そしてこの違いは、性格特性によってある程度の傾向が見られることがわかりました。

 では、なぜ認知の仕方が人によって異なるのでしょうか。それは脳の仕組みに深く関係しています。

 私たちの「ココロ(精神活動)」は、脳内で生じる「思考」、「感情」、「意識」が互いに影響し合うことで成り立っています。外からの情報(刺激)はまず脳の深層、進化的に古い部分で「意識のフィルター」にかけられます。この段階で重要でないと判断された情報は無意識に切り捨てられ、意識には上がってきません。

 さらにこの「意識」は非常に狭い範囲にスポットライトを当てる性質があり、意識が向けられていない部分は脳が自動的に補正してしまいます。この現象は視覚だけでなく、聴覚など他の感覚にも及びます。

 そして、意識のスポットライトが当たった情報だけが次の段階に進みます。ここで、比較的古い脳の部位である扁桃体が「感情」を生じさせ、さらに進化的に新しい前頭前野で「思考」が形成されるのです。つまり、最初にどこに意識を向けるかが、その後の感情や思考のあり方を大きく左右しているのです。

2.思考のメカニズム

 人間は一瞬のうちに一つの認知しかできません。たとえテレビを見ながら爪を切っていても、その瞬間ごとに意識は「テレビ」か「爪」のどちらかにしか向いていません。このように膨大な情報を処理し続ける脳にとって、一度固定された認知を変えることは大きな負担となり、非常に「疲れる」作業なのです。そのため脳は、最初に認知したものを無意識に「正しい」と思い込み、認知を変えることを避けようとします。これが、思考の柔軟性を阻む大きな要因です。

 認知と思考の関係は次のように整理できます。

① 事実 – 誰が見ても同じ客観的な出来事

例:「昨日の夜8時にLINEを送ったが、翌朝になっても既読がついていない」

② 意味づけ(認知) – 事実に対する自分の解釈。人によって異なる

例:「無視されているのかも」、「忙しいだけかも」、「通知が届いていないのかも」

③ 根拠 – 意味づけを支える理由や証拠

例:「いつもはすぐ既読になる」、「前にも返信が遅かった」、「SNSは更新されている」

④ 意見 – 感情や行動の方向性

例:「嫌われたんだ」、「もう送らない方がいい」、「電話で確認しよう」

 この流れから分かるように、最初の「意味づけ」が変われば、その後の根拠の集め方や意見・行動も全く変わります。意味づけが誤っていれば、どれだけ合理的に考えても合理的に間違えてしまうのです。

 だからこそ重要なのは、自分がどのように意味づけをしているのかを内省し、その思考の癖に気づくことです。認知の仕方次第で、私たちの感情も行動も変えられるからです。

3.共通点を論じる(「キズナ」の重要性)

 前述のように「ココロ」では、外部の出来事に対してまず無意識に一次感情(情動)が生じ、それが思考に影響を与え、さらにその思考から二次感情が生まれます。一次感情は本能的で自動的な反応ですが、二次感情は一次感情に対する認知(解釈や意味づけ)によって形成されるため、意識的に変えることができます。

 例えば、電車内で誰かに足を踏まれたとき、誰もが瞬間的にムッとするでしょう(一次感情)。しかし一方は「電車が揺れたから仕方ない」と解釈し気持ちを鎮め、もう一方は「わざとやったに違いない」と解釈し怒りを爆発させるかもしれません。この違いは、一次感情に対してどのような意味づけをしたかによって生まれる二次感情の差です。

 そして「キズナ」を考えるとき、ここに重要な仕組みがあります。それが、人間には相手の感情を模倣し、あたかも自分の感情であるかのように錯覚する「ミラーニューロン」の存在です。言い換えれば、私たちは他者の感情や存在から大きな影響を受けており、それを無視して幸せになることはできません。人は孤独では幸せでいられないのです。

 幸せ(ウェルビーイング)とは、「カラダ」「ココロ」「キズナ」が調和し健康である状態と定義されます。個人が本当の意味で幸せになるためには、自分自身の心と体のケアだけでなく、他者との繋がりを健全に保つことが欠かせないのです。

4.協力することの意味

 ところで、人はなぜ組織を作るのでしょうか。端的に言えば、「一人では成し得ないことを可能にするため」です。組織で目標を達成するには、メンバー同士の協力が不可欠です。この協力関係の重要性を体感するため、『先生ばかりが住むマンション』というワークを行いました。これは、参加者がそれぞれ異なる情報を持ち寄り、12人の先生がマンションのどの部屋に住んでいるのかを推理するゲームです。進め方には性格特性の違いが反映されやすく、個人的には、異なる特性を持つ人々がチームを組むことで、それぞれの持ち味を活かす協力のあり方を模索できるのではないかとも思いました。

 協力を成立させるには、ただタスクを分担するだけでは足りません。メンバー間に「キズナ」がなければならないのです。亀ヶ谷さんはこのキズナを、冬山登山におけるザイル(命綱)に例えていました。ザイルは、登山そのものの進行には直接関わりませんが、互いを結び合い、時に助け、時に助けられるために不可欠な存在です。山を登るだけなら邪魔に感じるかもしれませんが、無ければ不安で前に進めない。それが組織におけるキズナの本質なのです。当社が掲げる「他利自得」とは、単なる利害関係やギブアンドテイクを超えた、このような深いキズナを指しているのかもしれません。

 さらに、このキズナには段階があります。近親者(1次)、友人・知人(2次)、社会(3次)と広がる多層的なつながりは、どれも欠けてはならないものです。言い換えれば、太極図の陰陽のように「他者の中に自分があり、自分の中に他者がある」——そんな混然一体とした存在がキズナだと言えるでしょう。

 そして私たちが日々取り組んでいる仕事とは、組織人としてこのキズナの中で自己を磨き、成長するための機会です。職場は自己成長のための「道場」であり、ここでの経験が自分の可能性を広げていきます。可能性が拡大すれば、初めは「お金を払って何かをしてもらう」立場でも、「お金をもらい人に何かをしてあげられる」立場へと変わっていくのです。仕事とは、まさにそのための挑戦の場だと言えます。

5.まとめ

 私たちは、外部の出来事そのものよりも、それをどう意味づけるかによって思考や感情が大きく左右されます。だからこそ、意識のスポットライトをどこに向けるのかを主体的に選び、自分の認知のパターンに気づくことが重要です。過去の自分との比較は成長の糧になりますが、他者との比較はしばしば不必要な苦しみを生み出します。比べるべきは「昨日の自分」であり、「他人」ではありません。

 そして職場は、自己成長と他者貢献を両立させるための道場です。これらは車の両輪のように、一方だけでは前に進むことはできません。自己を磨くことで可能性を広げ、その力を他者や社会に還元していく。そこにこそ、組織に属すること、そして働くことの本質的な意味があるということです。

<つづく>

繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした👘

 

 

争いの構図とマネジメントの進化的視点、経営への応用ー第178YMS

 7月9日、コミュニティラウンジ「Benten103」にて、第177回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。

 今回は、「進化的視点から考察する『争いの構図』と『次世代戦争観』と題してお話しいただきました。以下に、その要点をまとめます。

はじめに:戦争を進化的視点で捉える意義

 戦争の本質を理解するためには、進化の過程で培われた人間の本能や行動パターンを読み解くことが重要である。ここでいう進化的視点とは、争いのメカニズムを人類が進化の過程で培ってきた本能や行動パターンを適用して解明することを意味している。

1.「争いの構図」の理解

1.1 生物はいつ争うのか?

 生物の世界における争いには大きく2つのパターンがある。

<パターンA:生存競争>

異種間で発生し、攻勢が優位な場合に顕在化する。烈度が高く、殲滅戦に発展しやすい。

<パターンB:社会競争>

同種間で発生し、攻防が伯仲している状況で顕在化する。烈度は比較的小さく、序列やリソース配分の調整を目的とすることが多い。

この二つは植物の世界にも見られ、種内・種間での資源争奪の様相として観察できる。

1.2 人間の場合

 人間もまたこの二つのパターンを共有しているが、決定的な違いは「武器の使用」にある。武器の登場により、社会的競争が容易に殲滅戦へとエスカレートするようになった。この暴走の極致が「戦争」であり、進化的視点から見ると戦争は生物の競争行動の延長線上にあると言える。

2.歴史的戦争観の変遷と技術

2.1 古代の戦争様相

 古代の戦争は、チャリオットや攻城兵器、騎馬戦術など、既存の技術の転用から始まった。

2.2 近代と戦争の技術革新

 近代戦争では、戦争が新技術を生み出す起点となった。核兵器の登場はその典型例であり、戦後には原子力の平和利用として産業に転用された。インターネットも同様である。その理由は、近代戦は莫大なコストを伴う上、そこで開発された技術それ自体は農業のように生産物を生み出さないため、コスト回収のため戦後民生転用しようというインセンティブが働いたものと思われる。

2.3 現代戦争の特徴

 現代戦争では、ゲリラ戦や都市戦が主流となり、国家間だけでなく非国家主体の争いも増えている。核兵器使用の可能性が常に存在する一方で、社会的秩序の圧力がその使用を抑制している。例えば、ウクライナ戦争におけるロシアは核使用の選択肢を持ちながらも、それを行使していない。ここには国際社会の規範や理性的な観念がそれまでより大きく作用するようになったからだと考えられる。

3.次世代戦争観とそのマネジメント

3.1 攻勢優位の心理と制御

 戦争は「攻勢優位を作為できると判断した側」が起こすとされる。しかし、攻撃的な状態はエネルギーを大量に消費し、持続が困難なものとなっている。その結果、先に述べた現代人の理性的観念は、圧倒的な攻勢優位による戦争を否定する方向に向かっている。そのような社会的変化と共に、例えば以下のような、戦争を抑止する戦略を整備していく必要がある。

  • 相手に攻勢優位と判断させない戦略的環境整備
  • 強固な同盟関係と地域的協調体制の構築
  • 戦争のコストとリスクを「見える化」し、開戦への衝動を抑制

3.2 戦争を管理するための総合的アプローチ

これからの時代、戦争の予防および抑止のためには争いに対する理性と本能の役割を理解すると同時に、情報戦、心理戦、認知戦、経済制裁などすべてが戦争の手段に含まれるという認識をもって、それらに基づいた総合的なマネジメントが必要である。

4.進化的視点を経営に応用する可能性

進化的視点は軍事だけでなく、組織経営にも応用可能である。例えば、不確実性の極めて高い戦場において培われた、軍事学における目標設定、組織運用、業務運営などは、企業経営のフレームワークとしても応用可能である。

  • 目標設定:リスクの推定、資源の配分、具体的な達成目標の設定
  • 組織運用:業務プロセス構築、資源配分、現場指導
  • 業務運営:情報収集、分析、状況判断、決心

 実際、VUCA時代の企業経営では、軍事で培われたOODAループ(Observe, Orient, Decide, Act)の適用が有効であるとされ、米軍の状況適応型指揮(Mission Command)は、トヨタの現場主導型経営との類似性が指摘されている。

まとめ

 進化の歴史に根ざした「争いの構図」は、戦争の本質とその抑止策を理解する重要な鍵となる。理性と社会的規範の活用により、次世代の戦争を管理・抑制する知見は、組織経営の課題解決にも応用可能である。

繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした👘

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2025年6月アクセスランキング

 ブログ開設から17年7ヶ月(6449日)、gooブログのサービス停止に伴い、はてなブログへの移行を順次進めてまいります。まだ勝手がわからないので、ひょっとしたらこの「アクセスランキング」も今回が最後になってしまうかもしれませんが、ご了承ください。

 さて、2025年6月にアクセスの多かった記事、トップ10です。

 まず、4月に行われた第175回YMSの記事、「良い眠りが最高のパフォーマンスにつながる、経営者のための睡眠学ー第175回YMS」が6位に入りました。YMSの単独の記事が3ヶ月続けてランクインするのは、恐らく史上初めてのことなのではないかと思います。

 そして定番記事ですが、12ヶ月連続でランクインを続けていた「Yema(イェマ)-フィリピンのお菓子」がついに11位でランク外となりました。それに対して、以下の二つの記事は前月に続きランクインしました。8位の「川沿いにできた、驚きの居酒屋―ささご(野毛)」ですが、一つのお店でこれだけ長くランクインを続けたというのも、記憶にありません。これまでは、2024年5月~10月に「近くにできたハンバーグ屋さんに行ってきましたー万平食堂(吉野町)」が記録した6ヶ月連続が最長だったように記憶しています。

7位:「久村俊英さんの超能力を目撃してきました」(2ヶ月連続)

8位:「川沿いにできた、驚きの居酒屋―ささご(野毛)」(7ヶ月連続)

 個別記事のトップは、「初めての方のための生成AI体験-第177回YMS」。地元の焼き鳥屋さん「ようやく伺うことができましたー鶏の里(吉野町)」も、僅差で4位:「大阪・関西万博へ行ってきました」を抑え、多くのアクセスがありました。

 燮会関連の記事、5位:「サイバーセキュリティの現場における交渉と信頼-第69回燮(やわらぎ)会①」も投稿直後から非常に関心が高かったように感じます。

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2  jakkan.hatenablog.com

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「並行交渉」の特徴と役割について-第69回燮(やわらぎ)会②



 第2部は、恒例の「交渉理論研究」。第27回のテーマは「並行交渉」です。



 並行交渉とは、たとえば外交交渉などで首脳同士が行う「フロントチェネル交渉」と並行して行われる、実務者による非公式または水面下の交渉(バックチャネル交渉)、や政府関係者ではない専門家などによる非公式な対話(トラックⅡ交渉)を言います。

バックチャネル交渉やトラックⅡ交渉が行われる理由は、フロントチャネル交渉には、たとえば国としての面子や有権者に向けたアピールの必要など、交渉の進展を妨げるさまざまな障壁があるため、それらを緩和し、交渉を前に進めるためです。”Negotiation Analysis”の著者であるハワード・ライファは、そうした障壁を11個特定し、挙げています。



 実際、ライファは太平洋戦争(1879~1884、硝石戦争)以来、対立関係が続いていたボリビア、チリ、ペルーの代表者をハーバード大学に集め、交渉のロールプレイ・シミュレーションを通じて彼らを協働させることで、和平にむけた創造的な交渉の土台づくりをしました。これは、トラックⅡ交渉の一例です。同様に、MIT(マサチューセッツ工科大学)のローレンス・サスカインドもアメリカ合衆国環境保護庁(EPA)と利害関係者の代表にロールプレイ・シミュレーションを行わせ、実際の交渉の示唆となる共創機会への気づきや交渉を円滑に行うための共通言語の共有に貢献しました。



 今回は、これに因んで「バッチフォゲン」というロールプレイ・シミュレーションを行いました。今回のテーマ「並行交渉」は、前回までの「第三者の介入」による交渉の一つであるため、このシミュレーションには、交渉当事者(プレイヤー)だけでなく、交渉の進行を導くファシリテーターも加わりました。限られた時間の中ではありましたが、みなさん結構良い交渉ができていたように思います。

 最後に補足として、近年発達の著しい生成AIを利用した交渉シミュレーションの可能性についてお話ししました。



 懇親会は、昨年に続いて、近所の『仙や』さんで行いました。

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サイバーセキュリティの現場における交渉と信頼-第69回燮(やわらぎ)会①



 6月21日、今年も弊社会議室にて第69回燮会を開催しました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。今回で9回目の横浜開催、過去の開催内容は、下記をご覧ください。

【過去の横浜開催】
第64回燮会②
第64回燮会①
第60回燮会
第55回燮会
第48回燮会
第42回燮会
第37回燮会
第32回燮会
第27回燮会



 さて、今回は2部構成。第1部は、1級会員の吉山洋一さんによる事例発表。「サイバーセキュリティにおける交渉」と題してお話しいただきました。

 少し前まで、「交渉」といえば、会議室での契約交渉や外交の場が連想されてきました。しかし現代では、サイバー空間が新たな交渉の主戦場となりつつあります。私たちのところにも頻繁に届く詐欺メール、サイバー攻撃による脅迫、そこで展開される情報戦。サイバーセキュリティの本質は、そうしたことから人々の安全と信頼を守ることにあります。そしてそのためには、冷静かつ戦略的な交渉力が不可欠となっているのです。

 今や、サイバー攻撃は攻撃を受けた組織に留まらず、取引先や国家、社会を巻き込み、重大な悪影響をもたらします。そのため、攻撃を受けた企業や国家には、単なる技術的対応を超えて、攻撃してきた犯罪者のみならず、さまざまな利害関係者と交渉が必要になります。際、2024年に日本で起きた大手出版社に対するサイバー攻撃にあたっては、犯罪者だけでなく、国家、産業界、ユーザー、世論との複層的な交渉が必要となり、結果として36億円もの損失が発生したと言われています。

 サイバー攻撃に対しては、脅迫に対する心構えと戦略、緊急時の判断体制と情報発信、外部関係者(警察、PR、法務等)との協力体制などを整備する必要がありますが、多くの組織は、サイバー攻撃への備えにおいて今もって脆弱な状況にあります。

 サイバー攻撃は、私たちの身の回りでも日常的に起こっています。代表的なものが毎日のように送られてくるフィッシングメールですが、昨年、私たちが受け取るメールの内、悪性メールと呼ばれるものがついに普通の良性メールを数の上で上回ったそうです。また、生成AIの進化により、フィッシングメールの巧妙さは急速に高まっています。例えば、SNSなどから個人の行動傾向を分析し、「その人がハマりやすい話題」で攻めてくる、偽ショッピングサイトはもちろん、音声・映像を利用したディープフェイクも目覚ましく進歩し、ますます判別が難しくなっています。お話の中で挙げられた例では、オンライン会議に参加した相手が、みな「知っている声」かつ「知っている顔」であったにもかかわらず、全員偽者だった(つまり、その会議そのものが詐欺であった)という事件があったそうです。本物と偽物の識別が難しくなっているどころか、ある実験では、むしろ偽物の方をより本物と認識する傾向があったとさえ言われています。今や、サイバー空間の脅威のほとんどは「だまし」であり、人間の心理を利用した高度な技術なのです。

 さて、ランサムウェア攻撃を受けた場合、攻撃してきた犯罪者と身代金(ランサム)の交渉を行うことは、日本では非弁行為とみなされ、違法だそうです。しかし、海外ではすでに「ランサムウェア交渉人」が存在し、犯罪者との身代金交渉を行っています。お話の中でいくつかの失敗事例や成功事例が紹介されましたが、やりとりのログはオンライン上で公開されているそうです。それを見て感じたのは、攻撃側は事の良し悪しは置いておくとして、非常に洗練された交渉者であるということです。今のところこの分野においては被害者側の立場は非常に弱く、成功事例と呼ばれるものも如何に身代金を減額できたか?というレベルに留まるのですが、それであっても攻撃者側の被害者側に関する情報収集、想定される被害金額と比較して算出した身代金金額、理性的なコミュニケーションを行うなど、高度な交渉力を駆使していることが分かります。このことからも、サイバー攻撃は単なる技術的問題ではなく、究極的には人の問題であることが分かります。

 たとえば、2021年、米国の東海岸に燃料を供給する大規模パイプライン、「コロニアル・パイプライン」が「ダークサイド」と呼ばれるグループからランサムウェア攻撃を受け、パイプラインの操業が停止。東海岸全体にガソリン不足と価格高騰の影響が及ぶという事件が発生しました。この事例を、「交渉の7要素」に基づいて分析すると、以下の表のようにまとめられます。交渉結果から攻撃側は彼我双方について、これらの要素をよく理解して交渉していたことが窺えます。



 そのように考えると、サイバーセキュリティにおいて重要なのは、「備え」と「冷静な交渉力」であるということができます。たとえば攻撃を受ける被害者側としては、以下のような対応がサイバー交渉を成功させるうえで必要になるでしょう。



 サイバー攻撃による被害額は年間2.4兆円、これは日本の防衛装備費に匹敵する額だそうです。しかも、その額は年々増え続けています。ここまでのお話のように、サイバーセキュリティとは、技術の話にとどまらず、人間の話でもあります。巧妙な詐欺を見抜く洞察力、脅迫に冷静に対処する判断力、組織を導く説得力、これらはすべて、交渉の技術から学ぶことができます。攻撃を防ぐことは難しくとも、被害を最小限にとどめる交渉力は、誰もが備えるべき防衛スキルだといえるでしょう。



<つづく>

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初めての方のための生成AI体験-第177回YMS



 6月11日、コミュニティラウンジ「Benten103」にて、第177回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。

今回の講師は、株式会社コーポレートGPT代表取締役の照山浩由様。照山様はコーポレートAI協会の会長も務めておられ、企業におけるAI普及に尽力されています。15年経てば当然ですが、気がつくと、われわれYMSのコアメンバーもそれなりに年をとりました。そこで、今回は「はじめて学ぶ生成AI」と題して、発展浸透著しい生成AI(Generative AI)、とりわけChatGPTの基礎的な理解と活用方法について学ぶことを目的としてお話しいただきました。今回は通常の講義よりも実演に多くの時間を割き、生成AIの概念、機能、注意点、および実践的な利用法について理解を深めました。生成AIを使ったことのない、まったくの初心者を対象としています。



 初めに、よく聞く生成AIとは何か?ということですが、生成AIとは、「与えられた情報に応答する」従来型のAIとは異なり、新しい情報やコンテンツを創り出す能力を持つAIのことを言います。今回使用したChatGPTはその代表例であり、世界で最も普及している生成AIのひとつです。

 生成AIは、これまでの従来の検索エンジンのような、単なるデータの検索・表示ではなく、文脈を理解したうえでの「創造的出力」が可能で、入力に応じて自然言語で文章を生成することができます。また、機械学習により自己改善をします。ただし、個別ユーザーの入力を記憶するわけではありません。

 生成AIにも得手不得手はあります。ChatGPTが得意とするのは、メール・報告書・SNS投稿などのための文章作成、長文の情報を簡潔に要約する、外国語を自然で意味の通った文に翻訳する、新企画や構想段階での発想補助などいわゆるアイデアだし、質疑応答や情報検索支援、コードの生成、修正、説明といったプログラミング支援などです。例えば、身近なところでは、マーケティング資料の初稿を作成したり、会議の議事録を要約したり、業務プロセス改善のアイデアだしを行ったりといったことが可能です。

 一方で限界もあり、利用にあたっては以下の点に留意する必要があります。まず、生成AIは不正確な情報を出力することがあり、出力内容は常にユーザー側で検証する必要があるということです。「生成AIが言っているから正しい」と鵜呑みにする姿勢は禁物です。次に、特に無料版はそうですが、最新情報に対応していない場合があります。3つ目は、機密情報・個人情報の入力はセキュリティ上のリスクがあるため、特に会社として使用する場合、社外秘情報などは入力すべきでないということです。4つ目は、逆に僕のようなアナログ人間にはどうしてこのような錯覚に陥るのか不思議ですが、たとえ対話が自然であっても、生成AIは人間のような「意図」や「感情」を持っていないという点です。

 次に、 効果的な生成AI活用のためのコツについて。生成AIから精度の高い回答を得るには、「聞き方」が極めて重要です。人間がAIに指示を与えるための文や質問のことを「プロンプト」と言いますが、良いプロンプトの条件としては、第一に、「○○について要約してください」、「この文書をメールに書き直してください」というような、「具体性のある質問」をすることです。第二に、「社内会議用の資料として」、「初心者向けに」というように、「質問の背景や目的を提示」することです。第三に、「○○という製品に関して、他社比較も含めて」というように、「必要な文脈の共有」するということです。何だかいろいろあって面倒そうですが、要するに例えば会社で上司が部下にモノを頼む時と同じで、相手(AI)に目的と前提を伝えることが重要だということです。

 以降、全体の半分以上の時間は、実際にChatGPTを触ってみようということで、①メール作成(受講者の希望で、取引先への支払いの催促を促すメール)、②アイデアだし(既存サービスで顧客開拓をするためのマーケティング戦略について)を行いました。実際の操作を通じて、ChatGPTがどの程度の精度と柔軟性を持っているかを体験することができ、また、設定画面でユーザーの使い方に合わせてAIの応答スタイルなどをカスタマイズできるといった機能も学びました。

 日進月歩の生成AI。今後はYMSのスピンオフで、操作に特化したミニ勉強会の案が出ました。オンラインでやるのか等、実施の詳細はこれからになります。

繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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